リーダーの日常の関わりに潜む無意識の偏見:部下との信頼を深める公正なコミュニケーション
リーダーシップにおいて、公正であることは部下からの信頼を得、組織全体のパフォーマンスを高める上で極めて重要です。公正さというと、評価や人材配置といった公式な場面での判断に意識が向きがちですが、実は日々のちょっとした関わり、特に非公式なコミュニケーションの中にも、無意識の偏見が潜んでいることが少なくありません。
休憩時間の雑談、ランチの誘い、喫煙所での立ち話、部署を越えたメンバーとの偶然の遭遇といった非公式な場面は、本来、部下との人間関係を築き、信頼を深める貴重な機会となり得ます。しかし、ここに無意識の偏見が入り込むと、意図せず特定の部下との間に壁を作ったり、情報格差を生んだりする可能性があります。
非公式な関わりに潜む無意識の偏見とは
無意識の偏見とは、育った環境や経験、文化などによって無意識のうちに形成される、特定の属性(性別、年齢、経歴、出身など)に対する固定観念や好悪の感情です。これが非公式な場面でどのように現れるか、いくつかの例を挙げます。
- 同質性バイアス(Similarity Bias): 自分と似た経歴、趣味、価値観を持つ部下に対して、無意識のうちに親近感を覚え、会話が弾みやすい。結果として、そうでない部下との関わりが疎かになる傾向です。
- アフィニティバイアス(Affinity Bias): 特定のグループ(例えば、同じ学校出身、同じ業界経験、共通の友人)に属する部下に対して、理由なく好意を持ち、より気軽に話しかけたり、内密な情報を共有したりしやすくなる偏見です。
- ステレオタイプ(Stereotype): 特定の属性を持つ部下に対して、「若い世代はプライベートを優先する」「経験豊富なベテランは新しいアイデアに抵抗がある」といったステレオタイプに基づき、話す内容や態度を変えてしまうことです。
- 外集団バイアス(Out-group Bias): 自分が所属するグループ(例: 自分の部署、プロジェクトチーム)以外の部下に対して、無意識に距離を感じたり、信頼しにくくなったりする偏見です。
これらの偏見は、悪意から生まれるものではありません。むしろ、脳が情報処理を効率化するために行う「自動的な分類」の結果として現れることが多いのです。しかし、リーダーの立場にある方がこうした偏見を無意識に反映させた関わり方を続けると、部下は「自分は公平に扱われていない」「リーダーは特定の人だけを信頼している」と感じる可能性があります。
なぜ非公式な関わりでの偏見が重要なのか
公式な評価や意思決定プロセスは、ある程度ルールや基準が明確化されているため、意識的に偏見を排除する努力がしやすい側面があります。しかし、非公式な関わりは突発的で自由度が高いため、無意識の偏見が出やすい環境です。そして、この非公式な場での偏見が、以下のような影響を及ぼすことがあります。
- 信頼関係の希薄化: 特定の部下とのみ親しく、他の部下には距離を感じさせる態度は、チーム全体の信頼関係を損ないます。部下はリーダーへの心理的安全性を感じにくくなり、建設的な意見交換や本音での相談が難しくなります。
- 情報格差の発生: 非公式な場で共有される重要な情報(プロジェクトの裏話、会社の方向性に関する示唆、上層部の考えなど)にアクセスできる部下とできない部下が生じます。これは情報を持つ者と持たない者の間に見えない壁を作り、不公平感につながります。
- 疎外感とエンゲージメント低下: リーダーとの非公式な関わりが少ない部下は、チームや組織から疎外されていると感じやすくなります。これはモチベーションや貢献意欲の低下を招き、最終的にはチーム全体のパフォーマンスに悪影響を与えます。
- 公式な判断への間接的影響: 非公式な場での「話しやすさ」や「相性の良さ」といった主観的な要素が、無意識のうちに部下の能力評価や育成機会の提供といった公式な判断に影響を与えてしまうリスクも否定できません。
非公式な関わりにおける自身の偏見に気づく方法
自身の無意識の偏見に気づくことは、それを克服するための第一歩です。非公式な関わりにおける偏見に気づくためには、以下のような自己認識の機会を持つことが役立ちます。
- 自身の行動パターンを観察する:
- 自分が普段、誰と、どのような内容で、どのくらいの時間、非公式に話しているかを意識的に振り返ってみてください。特定の部下グループとの会話が多い、あるいは特定の部下にはほとんど話しかけていない、といった傾向はありませんか?
- どんな話題になった時に、特定の部下に対して関心が深まる、あるいは逆に話題を早く切り上げたくなる、といった自身の感情や反応に注意を払います。
- 部下からの非言語的なサインに注目する:
- 特定の部下と話す際に、部下はリラックスしているか、緊張しているか。話しかけやすそうにしているか、遠慮しているか。
- あなたが特定の部下と親しく話しているのを見た他の部下は、どのような表情や態度を示しているか。
- 信頼できる同僚や部下からのフィードバックを求める:
- 率直な意見を言ってくれる同僚や、心理的安全性が築けている部下に対して、「私はチームの皆と公平に接せられているだろうか?」「非公式な場での私のコミュニケーションで、何か気になる点はあるか?」といった形でフィードバックを求めてみることも有効です。ただし、部下に直接聞きにくい場合は、客観的に自分を見てくれる同僚からの視点が特に参考になるでしょう。
公正な関わりを実践するためのステップ
自身の非公式な関わりにおける偏見に気づいたら、次はそれを管理し、公正な関わり方を実践するための具体的な行動を取り入れることが重要です。
- 意識的なバランシング:
- 普段あまり話せていない部下や、自分とは異なるバックグラウンドを持つ部下に対して、意識的に話しかける機会を作りましょう。休憩時間や業務の合間に、「最近どう?」といった短い声かけから始めることもできます。
- 話しかける際には、相手の状況(忙しさなど)に配慮しつつ、オープンな姿勢を示すことが大切です。
- 多様な共通点を探る:
- 表面的な共通点(出身校、出身地、趣味など)だけでなく、仕事におけるやりがい、挑戦していること、将来のキャリアプラン、あるいはチームや組織に対する考え方など、より多様な側面に目を向け、共通点や関心事を探る努力をしましょう。これにより、特定の属性に基づく偏見を超えた人間的な繋がりを築くことができます。
- 積極的な傾聴:
- 非公式な会話であっても、部下の話に真摯に耳を傾ける姿勢を示しましょう。部下は「リーダーは自分の話を聞いてくれる」と感じることで、より安心してコミュニケーションを取れるようになります。相手の話を遮らず、頷きや相槌を使い、理解しようと努めることが重要です。
- 情報の公平性への配慮:
- 非公式な場で得た情報のうち、他の部下にとっても有益であったり、業務遂行に影響したりする可能性があるものについては、後で公式な場(チームミーティング、チャットなど)で補足的に共有することを検討しましょう。これにより、非公式な情報経路による情報格差の拡大を防ぐことができます。
- 自身の感情を客観視する:
- 特定の部下に対して、理由もなく「なんとなく苦手だな」「なぜか話しやすいな」といった感情が湧いた際には、「これはどんな偏見に基づいているのだろうか?」と自問自答してみる習慣をつけましょう。感情に流されるのではなく、その感情の背後にある可能性のある偏見を特定することが、冷静な対応につながります。
- 多様な働き方への配慮:
- ハイブリッドワークやリモートワークが進む中で、オフィスにいる部下とリモートの部下、あるいは異なる勤務時間の部下との間で、非公式な関わりの機会に差が出やすい状況があります。オンラインでの短い雑談タイムを設ける、チャットツールで個人的な近況を共有するチャンネルを作るなど、物理的な距離や時間の制約を超えて、誰もが非公式なコミュニケーションに参加しやすい環境を整備することも有効です。
まとめ
リーダーの日常の関わり、特に非公式な場面における無意識の偏見は、目に見えにくいため見過ごされがちですが、部下との信頼関係やチームの一体感に静かに、しかし確実に影響を及ぼします。長年の経験の中で培われた「当たり前」や「感覚」の中にこそ、無意識の偏見が潜んでいる可能性があります。
公正なリーダーシップを実践するためには、公式な場での判断だけでなく、日々の非公式な関わりにおいても自身の無意識の偏見に気づき、それを管理するための意識と行動が不可欠です。意識的な自己観察と実践的なステップを通じて、多様な部下との間に見えない壁を取り払い、より深く強固な信頼関係を築いていくことが、公正なリーダーへの道を確かなものにしてくれるでしょう。